夫を突然亡くして、私はある日いきなり「シングルマザー」になりました。
悲しむ暇もなく押し寄せてきたのが、お金の現実です。この記事では、シングルマザーになって最初の1年で私が一番お金に困ったことと、それをどう乗り越えたかを、実際の数字も出しながら正直に書きます。
同じ立場になったばかりの方が「うちだけじゃないんだ」と少しでも思えたら、この記事の役目は果たせたと思っています。
一番困ったのは「葬儀のあと」でした
想像していなかったのですが、一番お金に困ったのは葬儀のあとの時期でした。
葬儀そのものの費用に加えて、そのあとも法要、各種手続き、生活の立て直しと、出費が立て続けにやってきます。一方で収入は夫の分がまるごと消えたまま。遺族年金などの公的なお金は、申請してもすぐには振り込まれません。
当時のわが家は、月の赤字がおよそ20万円。
正直に書くと、この時期を支えてくれたのは香典でした。いただいた香典で当面の赤字をまかなって、公的なお金が入り始めるまでの空白期間をなんとかつなぎました。「香典は葬儀費用で消える」とよく言われますが、わが家にとっては生活をつなぐ命綱でもありました。
いま振り返って思うのは、「収入が入り始めるまでの数か月をつなぐ現金」が何より大事だということです。遺族年金も児童扶養手当も、申請から実際の入金までにタイムラグがあります。この空白期間の存在は、なってみるまで誰も教えてくれませんでした。
意外と助けられた、ひとり親の支援制度
苦しいことばかりではありませんでした。ひとり親になって初めて知った支援もあります。
わが家の場合、子どもの医療費と給食費が無料になりました(自治体によって制度や条件は異なります)。金額としては地味に見えるかもしれませんが、毎月確実に出ていくお金が消えるのは、赤字家計には本当に大きかったです。
ここで大事なのは、こうした支援はほぼすべて「申請しないともらえない」ということです。役所は向こうから教えてくれません。ひとり親になったら、まず市区町村の窓口で「ひとり親向けの支援を全部教えてください」と聞くこと。これは声を大にして言いたいです。
乗り越えるためにやった2つのこと
① 保険を解約して、固定費を削った
収入が減ったのに、支出が今まで通りでは家計は回りません。私が最初に手をつけたのは保険の解約でした。
夫を亡くした直後に保険を解約するのは、心理的にかなり勇気がいります。でも冷静に考えると、遺族年金という「公的な保障」が入るようになった時点で、民間保険の役割は大きく変わります。わが家に必要な保障だけを残して、あとは思い切って整理しました(このときの見直しの中身はこちらの記事に詳しく書いています)。毎月の固定費が減ると、赤字の圧迫感が目に見えて軽くなります。
② 「事前に計算してあった」ことが、心の支えになった
もうひとつ、私を救ってくれたのは、実は夫が亡くなる前にやっていたことでした。
私はリベ大の両学長の動画でお金の勉強をしていて、「もしものとき、うちはいくらで暮らせるのか」を事前に計算してあったんです。遺族年金がだいたいいくらか、生活費はいくらに抑えられるか、シミュレーションをしたことがありました。
だから、いざその「もしも」が現実になったとき、頭が真っ白になりながらも、お金についてはあまり慌てずにすみました。「数字は把握できている。やることはわかっている」——この感覚があるかないかで、あの1年のつらさはまったく違ったと思います。
お金の勉強は「お金持ちになるため」だけのものではなくて、最悪の日が来たときに、自分と子どもを守るためのものなんだと、身をもって知りました(その後、私はiDeCoで老後の備えも始めました)。
最初の1年を振り返って、いま思うこと
シングルマザーになって最初の1年、一番困ったのは「葬儀のあとの、公的なお金が入るまでの空白期間」でした。それを乗り越えられたのは、香典という現実的な支え、ひとり親の支援制度、保険解約による固定費の削減、そして事前にしていたお金の勉強のおかげです。
もしこの記事を、同じ立場になったばかりの方が読んでいたら、伝えたいことは3つです。
まず、最初の数か月をつなぐ現金を確保すること。次に、役所でひとり親支援を全部聞くこと。そして、固定費から手をつけること。収入を増やすのは時間がかかりますが、固定費は今日から減らせます。
大丈夫、なんとかなります。私も1年目はぎりぎりでしたが、少しずつ家計は立て直せています。この記事が、誰かの「うちだけじゃない」につながりますように。

